アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

「怖い?」


私は笑い声を漏らした。
私のような気の小さい平凡な女を相手にミハイルが怖いなんて、ただの冗談だと思ったのだ。恐妻家ぶって笑いを誘う商店街の店主たちのように。

しかし彼は冗談を口にしたつもりはなかったらしい。私の口元をそっと指先で押さえた。


「あなたはずっと頭の中で何かを考えている。でもそれを僕に聞かせてはくれない。
さっき会ったときも、僕には言わない何かがあなたの頭の片隅に在ったのがわかった。
……そういうあなたを見ると不安になるんだ。僕は随分と強引なやり方であなたを手に入れたから、あなたの気持ちがどこにあるのか、それをさぐる方法もわからない」

彼はそう言いながら、私の右手をとり私の髪に鼻先を埋めた。

私達はたしかに男女の関係になったが、しかし付き合いは三ヶ月にも満たない。ミハイルが私の気持ちを量(はか)りかねるように、私も彼のことで知らないことはたくさんあった。不安なのはお互いさまなのに、ミハイルはまるで自分ひとりが苦しんでいるようなことを言う。

ミハイルは不安に耐えかねたのか、私の顎に手を添えると、私の唇に自身のそれを重ねた。

「ハル、聞いて欲しいことがあるんだ」

闇の中で何度も唇を重ね、互いの呼吸を味わったあと、ミハイルが呟いた。

「……うん?」

彼の紫色の瞳が薄闇の中で細い外の光を受けてきらきらと輝いている。
何度見てもきれいな目だ。その輝きに見とれていると、ミハイルは言った。

「ハル、僕はあなたをカガンに連れて行く」
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