アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)


「親父さんのポトス、増えたねえ」


商店街のパン屋のおじさんがそう言いながら煙草を灰皿に押し付けた。

彼は私がまだ小学生のころからの常連で、最近は商売をほとんど息子さんにまかせている。時間があるので午前中はたいていうちの店でモーニングを食べて、昼まで他のお客と喋っている。

「本当にねぇ。おじさん一株持っていってくれない?」


私はおじさんに笑いかけた。

もともとは父が店を始めたときに、お客さんの一人から貰ったポトスがはじまりだった。

はじめは小さな一鉢だったポトスがどんどん枝を伸ばし、根を出した。
その度に父が枝を切って土に挿したり水の入った瓶に挿したりしているうちに店の窓という窓はポトスの水栽培でいっぱいになった。

今では店だけではなく住居である二階にもポトスの株が増えてしまった。本当に私ももてあましていたのだ。

彼は苦笑いを浮かべた。


「そう言ってもう5株ほどもらったじゃないか。
もう増やさないほうがいい。
枝を切るのはいいんだよ。でも切ったら捨てなきゃ」


おじさんはそうは言いつつも、私がそうはしないであろうことも知っている。


こうやってポトスを増やし始めたのは父だ。
私は父から店を引き継いだと同時に、ポトスに水を切らさないこと、ポトスの枝が伸びたらそれを切って水にさすことも同時に引き継いだ。

切ったポトスの枝を捨てることがつらいわけではない。簡単なことだ。
でも、もう一株だけなら、もう少しならと私は今も父の習慣を捨てきれないでいる。

無口であまり優しい言葉を発することもなかった父の生き物に対する気持ち。……それはそのまま、無口で優しい言葉の一つもいえない私の性格の一部になってしまっている。

「親父さんに似てるんだねぇ」

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