アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「ごめん……。僕のわがままであなたの人生を変えてしまう。あの店からあなたを引き剥がしてしまう。
一生僕を恨んでいい。
……でも、それでも僕から離れないで」
彼の顔を見ることはかなわなかったが、彼の体のかすかな震えはしっかりと私に伝わってきていた。
ミハイルは怖いのだ。
一人で国に帰ることが……。
そのくせ、私を守るなんて言う。
まだ大学生くらいの若い、いや幼くさえある彼がばらばらになった国をこれからたった一人で纏め上げるのだ。怖くないはずがなかった。
ただ王子という立場に生まれたというそれだけのために重圧を背負い、国という大きな力と戦っていかねばならない。
それが哀れでならなかった。
私は自分がどんな無茶を突きつけられているのか、具体的に何が起こるのかまではわからないまでも、うっすらとではあるが察していた。わかっていながらも、ミハイルのその頼りなげな言葉を聞いていると、それをぴしゃりとはねつけることはできないのだった。
「ミハイル……。
わかった。わかったから」
私は彼の広い背中を撫でた。あやすように何度も。
クーデターが起こった国の王子。
まだ彼は二十歳そこそこなのだ。どこにだっていける、なんだってできる。それだけの若さがあるのに、それでも彼は骨の髄まで一国の王子なのだ。
国など知らない、好きで王子に生まれたんじゃない。そう言って逃げることもできないではない。国がこんな状況の今だからこそどこか遠い国に亡命する隙だってあるにちがいない。
それなのに、ミハイルはまだ逃げ方を知らない。逃げる気もない。
恥を恥とも思わず、ずうずうしく自分の利益のままに生きる方法を知らない。
王子だからそうなのか、彼だからそうなのか。彼は悲しいほどに王子なのだ。