アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
私は頷いた。
「それで、ここからが問題です。
あなたには言いにくいんですが、一部の血筋のよい女官たちは、……その。
王の側室として後宮に入り、王の妻としてそこで暮らすのです。
その側室たちの中から、はじめに王子や王女を生んだ女性が正式な王妃となります。
王妃が決まって以降、いくら他の女官が王の子どもを生んでも、子ども達は基本的には正式な王妃の産んだ子として扱われます。
昔は外戚(側室の実家)が政治に口出しをするのを恐れ、王は奴隷を女官としていましたが、今は王家の力が弱まり、カガンの大きな貴族の家から女官が出ることに決まっているそうです。
つまり王の側室という立場の女官はどれほど少なくても五人はいるということになります。といっても今のミハイル王子は東テュルク系貴族の王妃から生まれていますから、血が濃くなることを避けるため、テュルク系の側室が女官としてはいったとしても、これは各貴族の家の力を等しく保つために各貴族の家の女性を公平に後宮に入れるだけのことで、その女性とは……いわゆる夫婦生活は持たないことになっています。ですから実質的な側室は四人になりますね。
王子の妻となる女官はもう彼女たちが生まれたときから決まっています。彼女らは王の側室となるべく、それに相応しい教育を受け、貴族の屋敷の奥で大事に育てられているのです。
カガン王家の夫婦のありかたは我々日本人の夫婦のあり方とは大きく違います。
一般の貧しい人はそうではありませんが、カガンの王族は我々のような一夫一婦制の婚姻関係は結ばないのです。
それ以外にも、カガンでは女性は女性だからという理由でさまざまな制約を強いられます。王家のように古い伝統を持つ家ならばそれは尚更厳しいものでしょう」
外国に行けばもちろん言葉、文化、生活などの面で慣れるまではいろいろと不便はあるだろうとある程度覚悟はしていたつもりだったけれど、今改めて「後宮」という場所について知らされてみると、そのあまりの文化の違いに恐ろしくなってくる。
ミハイルは私をその後宮に入れるつもりなのだろうか。
それとも、後宮とは別のところで私の住まいを準備するつもりだろうか。
昨夜、私の部屋にしのんできたミハイルは後宮のことなど何一つ口にしなかった。それを思うと彼の心を尽くした囁きがはたしてどれほどの気持ちの上に囁かれたものなのかわからなくなってくる。