アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

「殿下は穏やかでお優しいお人柄で、スキャンダルらしいスキャンダルもなく生きてこられた方です。
あなた御自身についても、……失礼ですが、私がはじめ、王子の年上の恋人として想像していたような女性ではない。大変きちんとした方です。

ですから、あなたたちの関係が浮ついたものでないことはもちろん私も理解しています。殿下が気軽に女性と関係を持てる方でもないこともよくわかっています。

ただ私達は日本人の権利を守ることも仕事のうちです。だから、おせっかいなのはわかっていますが念のためにあなたに私の知っているカガンについてお話しました。

日本にとってカガンは遠い国です。文化的な隔(へだ)たりも大きい。
多くの日本人がカガンという国の存在すら知らないのと同様、カガン人の日本に対する理解も浅い。カガン人はおそらくあなたという日本人に戸惑うでしょう。
アメリカやイギリスで見るような日本人街はカガンにはありません。あちらに行くのとおなじような覚悟でカガンに行ったのでは到底あちらでは暮らしていけません。
決めるのはあなた自身ですが、どうか冷静に今後のことを考えてください」


これは、ただのシンデレラストーリーではない。
井出さんはそうずばりと口にするのはさすがに避けたが、しかし彼の言いたいことはしっかりと伝わってきた。

私もいい年をしてシンデレラストーリーなど夢見ているつもりもなかった。
一般の女性が王家に入ってその環境になじめるかどうかという問題はいろんな国のいろんな王室カップルについてメディアでよく話題になる。
私よりもはるかに優秀で美しく、しっかりと目的意識をもった女性たちが王室に入り、その中で苦闘していることも情報として知っている。いい事ばかりを思い描いてカガンに夢を見ているわけではないのだ。



帰りたくなっても帰れない。やり直しはできない。私達は外務省としてあなたを守ることは出来ないかもしれない。それを覚悟できますか?

井出さんが私に質(ただ)しておきたいのはそういうことだ。
彼は親切心と、そして公正な心から私に考えるための情報をくれた。私が何も知らないままカガンに行くのは見ていられなかったのだろう。

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