アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
けれども、ミハイルと過ごしたあのいくつかの夜は彼にとっても私にとっても真実で、確かに現実に起こったことなのだ。
あの互いの孤独がぴったりと重なり合うような感覚は、単純に互いの肌に触れただけで得られるものではないと思う。
そういう夜を共有した相手と離れるということは、みずから再び孤独を引き寄せるということにほかならない。二度とこれほどの相手には出会えない。そんな気がするのだ。
私達はきっと、行き着くところまで行かなければ別れられない夜を経験してしまったのだろう。
互いに分別を持って、きれいに別れるなどという事のできる恋ではないのだ。別れるとすれば、それは互いに憎み会うところまで行かなければ別れられない。
私は井出さんの顔をつめた。
彼の中に嘘や建前はないと思う。彼は本心から私を案じてくれている。
彼が肌で感じたカガンという国はそれほど「危険な」国なのだろうか。
私の沈黙をどう受け取ったのか、井出さんは少し顔を赤らめた。
「すみません。おせっかいでしたか」
「あ、いえ。カガンのことを教えてくださって、ありがとうございます」
井出さんの忠告には本心から感謝していた。
けれど、彼の話を聞いたうえでも私は自分がミハイルを拒否できるとは思えなかった。拒否しようとも、ひとたびあの哀れな横顔を見せられたら「一人で生きていけ」と彼を突き放すことはできないのだ。
彼は彼が臣民と呼ぶカガン人によって両親を殺され、今またカガン人のために重荷を背負わねばならない。彼はひとりぼっちだ。私と同じ……。