アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
21
「イリアスさん」
ミハイルの部屋の前に、数人のスーツ姿の男性と、その中央で何かを話しているイリアスさんが見えた。
話の邪魔をしてはとしばらく声をかけるのをためらっていると、イリアスさんの方で私の姿に気付いその端正な顔に穏やかな笑みを浮かべた。
「これは、ハルカさま」
彼は丁寧に私に頭を下げた。
「こんにちは。お邪魔してすみません。
今、……殿下はいらっしゃいますか。お話できませんか」
彼は少し眉をあげたが、すぐに普段どおりの柔らかい微笑で自身の表情を覆い隠した。
「ああ、殿下はお出かけになっています。お戻りは遅くなると思います。何かお伝えしておきましょうか」
ミハイルは王子としての仕事に復帰しつつある。
今の彼は私の家にいたころのようにただ潜伏しているというわけではなくなっているというのに、私はそのことをすっかり忘れていた。
「……いいえ、ちょっと……話したいことがあって。伝言じゃだめなんです」
伝言ではだめだ。私は自分の疑問に対するミハイルの答えが欲しい。
それは、間に人を挟んではできないことだ。
「話……ですか」
イリアスさんは眉を上げて困ったような顔をした。
「駄目ですか」
「いいえ。ここは日本ですから、お話し合いも必要があれば結構なことですが……。
カガンでは女性が男性と対等に話をすることはあまりありませんし、まして王族とそうでない者が話し合いなどということは許されません。
場合によっては不敬罪に問われることもありますので、カガンではこのようなことのないようにお気をつけください」
そうか……。カガンでは男女が話し合うことなどないのだ。その上、相手が王子ではそんなことは望むべくもない。
ますますカガンに行くことへの不安がつのった。
「そう、ですか」
ミハイルと話し合うこともできないような関係のままカガンに行くことになったら、私は実質的には見知らぬ国で一人で生きていくことになるのではないだろうか。