アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
外務省の職員に話を聞かれるというのは私にとって初めての経験で、少し身構えていた部分があった。井出さんは私を萎縮させまいとかなり気を使ってくれていたが、それでもイリアスさんの指摘どおり、私は気疲れしていた。
「殿下も心配しておられました。
それで、どうですか。お考えは変わりましたか」
「……井出さんとどんな話をしたか、知ってるんですか」
私の声は無意識のうちにこわばっていた。
イリアスさんは自分の紅茶を淹れながら浅く微笑んだ。
「井出さんを疑ってはいけませんよ。私たちは井出さんと通じているわけではありません。彼には守秘義務もありますし、そもそも女性のプライベートな話を人に軽々しく漏らすような人でもありません。
ですが、彼が何も言わずとも察しはつきます。
私も彼も、お仕えする相手は違えど、思うことはきっと同じでしょうからね。
彼はカガンにある日本大使館の職員でしたから、カガンのことはよく知っているでしょう。彼はきっとあなたにカガンのことを話して聞かせただろうと、そのくらいのことはわかります。
……後宮のこと、もうお聞きになりましたか」
私は頷いた。
イリアスさんは井出さんが私にカガンの話をするであろうことを予想していたのだ。
ミハイルはイリアスさんを聡明だと言っていたけれど、私は何もかも見透かしているようなイリアスさんが少し怖かった。
「そう、もう後宮のことはご存知なのですね。それはよかった。
日本の女性にとっては意外なことだったでしょう」
「はい。
殿下は、私を後宮に入れるつもりなんですか」
「殿下がどういうおつもりであなたをカガンへと仰っているのか、私もわかりません。
ですが、王となる方がプライベートで女性と会おうと思ったらその女性に後宮に入っていただくというのが一番自然でしょうね。
王族が後宮の外に非公式な立場の女性を置いた例はカガンの歴史上一度もありません。
カガンは国王の権利が強い国ですから先例がなくとも勅令でそういうことを強行するということも王の立場ならば可能ですが、殿下のご性格上、王の権利を振りかざすようなことはなさいませんでしょう」
「じゃ、じゃあ……私はフレイリンナ(女官)ということになるんですか」
「そうですね。後宮に入ることになれば、おそらくそうなるでしょう」
「私は、友人とか、そういう立場でカガンに行くことになるんですか。それとも第六夫人とかそういう立場に、……なるんですか」
「友人?まさか」
イリアスさんは笑いを含んだ声でそう答えた。
わざわざ『女性』の『友人』に仕事をやめさせてまで自国に連れ帰るなど、いくらミハイルが王子でもそれはない、と笑ってしまったらしい。
「もしあなたが殿下から第何夫人という称号を賜(たまわ)ったとしても、ずっとではありません。
もしハルカさまが一番早くお子をお生みになればあなたは日本語で言うところの王妃、あるいは正妃というお立場になります。
いったん正妃が決まれば後の女官はいかに殿下のご寵愛が深くなろうともお子を何人産もうと公式にはずっと女官という立場のままです」