アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

「私は、王子の傍にいる資格はあるんですか」

私の突拍子もない質問に、イリアスさんは一瞬大きく目を見開いたのち、苦笑した。

「失礼しました。
それは……私が決めることではございません。私は王でも王族でもありませんから。
ですが、一臣下として、私が思う王妃の資格は……まず第一に王子のお子をお生みになる方ということでしょうか。血統を絶やさないということは王族のもっとも大事な義務の一つです。カガンの王妃としては他のどんな資質よりもまずそこが大事になります。お子があるということは殿下の治世を安定させることに繋がります。
逆に言えば、いかに殿下のお心の支えになろうとも、お子をお産みでないフレイリンナには正妃となる資格はございません」

そういうことを心配しているのではない。私はもやもやと落ち着かない自分の気持ちを必死で探った。

もちろん、ミハイルの気持ちが変わってしまうこと、他の女性に移ってしまうこと、それも私にとっては心配だ。けれど、それはどこの誰を夫としても同じ事だ。心変わりはどんな国で育ってもどこで生きても、誰にでも起こりうる。

「日本人の夫婦は基本的には権利は対等で一夫一婦制度をとっています。
それが当たり前の状態で生きてきたあなたに、今さら後宮のあり方を受け入れろというのがどれほど苦痛なことであるのかも理解できます。

後宮制度は基本的に王家の血筋を維持するためにとられる制度です。
カガンの歴史上、今までこれを廃止した王はいません。
ですが、後宮を持ちながら事実上一人の女性としか関係しなかった王もいます。すべては王のお考えと、そして政治的な状況次第……ということになります。

殿下は潔癖なご性格ですし、殿下のご両親である両陛下のころより、宮廷もいわゆる西洋的な倫理観に変わってきつつあります。ですから殿下も伝統的なカガンの一夫多妻や男尊女卑的傾向ではなく、どちらかといえば新しい倫理観をお持ちです。
私が殿下にお仕えしてきてみてきた限りでは、殿下は世継ぎ問題が起こらない限りはおそらくあなた以外のフレイリンナには見向きもされませんでしょう」

「そういうことじゃないんです。私が一番であればそれでいいって、そんな風には考えられません。
殿下がもしそうしたとして、ほかの女官はどうなるんですか。国はそれで納得しますか」

イリアスさんはふ、とかすかに笑いを漏らした。

「……そう仰るだろうと思いましたよ。
あなたは少女ではない。大人の、自立した女性です。いつも控えめで謙虚な態度を取っておられますが、ご自身のプライドも当然お持ちでしょう。とくに、殿下はあなたよりも年下で、学生ですから」

イリアスさんの顔から微笑が消えた。
少し怖いような表情だった。
< 228 / 298 >

この作品をシェア

pagetop