アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

「私は王子の側近です。生涯かけて王子の御味方であるべき立場ですし、そう誓って殿下のお傍にお仕えしてまいりました。いつでも殿下のお為に尽くしたいと、心からそう思っています。
ですが、正直に申し上げますと私は今、あなたをカガンにお連れすることは反対しています」

私ははっと息をのんだ。イリアスさんはいつも私に対して優しい態度をとってくれている。まさか心の中でそんなことを思っているとは夢にも思わなかった。


「あなた個人に問題があると言っているのではありません。
あなたをカガンにお連れし、あなたお一人を妻として大事になさる……。それは男としては幸福なことでしょう。私も何度か女性と親しくなったことがありますので、殿下のお気持ちはよくわかります。ですが、ハルカさま。王家にとって、婚姻は政治なのです」

政治。
私は緊張のあまり乾いてしまった口を紅茶で湿らせた。味も香りももはやわからなかった。

「もし、殿下があなたを正妃としてほかの女官を一切省みられない生活をおくってしまうと女官の実家、つまり政治的な場面で外戚の力を借りることが難しくなるのです。
あなたがカガンの貴族の娘ならば私は反対などしません。外戚として王子の治世を助けてくれる後ろ盾が得られる上に、殿下のお心の慰めにもなってくださる、そんな女性と殿下がめぐり合えるのならば私にとっても喜ばしいことです。
ですが、残念ですが、あなたは日本人で外戚の力などあてにできません。
政治というのはただでさえ舵取りの難しいものです。その上、今のカガンはクーデターでかなり国力が疲弊しています。
殿下には殿下の治世を支えられるだけの力を持つ政治力を持つ方が正妃となられるほうが殿下にとってよいと思われます。

そして、もうひとつ。一番問題なのは」


イリアスさんは厳しいけれど優しいまなざしで私を見つめた。

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