アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

「ハルカさん。あなたがカガンに来て幸せになれるとは思えないということです」

「あなたは日本人です。
言葉の壁、文化の壁を努力で乗り越えたとしても、次に待つのは王の正妃としての厳しい制約のある暮らしです。

カガンはそもそも女性や子どもの権利もほとんど認められない国です。
たとえ王妃とはいっても基本は同じです。

カガンの女性は自分の意思で自分の人生の選択をすることはできないし、夫の許可がなければ出かけることもできません。離婚も女性からは申し立てることができない。

日本人であるあなたにとって、カガンの女性の生き方は苦しいものになるだろうと思います。
あなたが不幸であれば殿下もまた不幸でしょう。
そして力のある外戚を得られなかったカガンの政治は乱れることでしょう。殿下が苦労されるのはもちろんのことですが、政治が乱れれば国民が苦しむのです。この婚姻は殿下もあなたも、そしてカガンの民も、誰も幸せにはならないと、そう私は思うのです」

「……」

ミハイルは王子だ。両親はクーデター軍に銃殺されてしまい、後ろ盾はほとんどないといっていいだろう。

権力のある貴族の娘5人と彼が結婚することによって娘たちの実家、つまり外戚たちの協力の元、政治を行っていけば随分と彼の助けになる。

でも私を正妃とした場合、平凡な日本人である私では外戚の力は期待できず、王子は一人で国の建て直しと取り組んでいくことになる。

最初のうちはそれでもミハイルは頑張ろうとするだろう。彼は自分の立場がわかっているだろうし、その種類の苦労は覚悟のうえだろう。
でも、人間はずっと頑張り続けることなんてできない。
「あの時、私を正妃としなければ」とミハイルが結婚を後悔したとしても私は彼を責められないだろう。ミハイルが相手にするのは崩壊しかかった国なのだ。
彼はこれから並大抵の努力では動かせないほど大きなものと向き合っていかねばならない。

私の孤独はミハイルの孤独を癒すかもしれないが、しかし、彼を対外的には苦境に追い込む。
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