アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

「私は元々、日本人の持つ謙譲の心、『和』そのものを重んじる穏やかさ、何度も何度も大きな天災にみまわれても、希望を失うことなく地道な努力を続ける不屈の精神に憧れを抱いておりました。

その不屈の意思の源流ともなるものを学びたいと思い、数年前から一人の学生として日本で学んでまいりました。
このたび、わが祖国カガンにてクーデターが起こったことは報道でご存知の方も多いことでしょう。

この事件により、私の両親であるユスティニアノス・ハザール・カガン七世と王妃メリダが不当な判決を受けて銃殺刑となりました。

カガンは現在国としてほとんど機能しておらず、国民はクーデター軍の圧制の元に置かれています。

私は心の底から、私に「和」と「不屈」を示してくれた日本を敬愛していますが、ひとたび愛する日本を離れ、国民と国のためにこの命を捧げたいと思っております。

学生として道半ばでこの国を離れなければいけないのは残念ですが、日本を愛する私の心は変わりません。私をクーデターから保護してくださった日本政府ならびに日本国民の皆様に心からの感謝を申し上げたいと思います」


なめらかな日本語での演説に記者たちが息を呑むのが感じられた。

外国の王子という立場の人手で、これほど流暢な日本語を話す人は珍しく、ミハイルを取り囲んでいた記者たちも驚いたのだろう。

一旦言葉を切ったのち、ミハイルは次に英語とカガン語でクーデター軍を統率している軍関係者を避難し、そして国民には伝統ある美しい国、カガンの平和のために団結することを呼びかけた。

テレビ画面の下部に少し遅れて彼の言葉の翻訳が表示された。
そして同時通訳の女性の声がミハイルの声に重なり、次第に私の耳は聞きなれた日本語の方を聞き取りはじめ、ミハイルのカガン語は次第に聞こえなくなった。

記者質問が始まると、記者会見の映像は途切れ、テレビ局のニューススタジオに画面が切り替わった。スタジオには夜のニュース番組に出ているキャスターと、学者らしい人たちが数人並んでいた。

「日本にカガン国の王子が留学されていたことは今まで公表されていなかったんですよね?」

キャスターはそう言ってとなりの学者のコメントを求めた。

「そうです。
学生たちの話では大学内ではお立場を隠しておられる様子もなかったということですね。メディアについては安全上の問題があったのでしょうか。王子のお姿があまりメディアで取り上げられることはありませんでしたね。
クーデターが起こるまではカガンもカガン王家も日本ではあまり注目されていませんでしたから、厳しく報道規制をする必要はなかったのでしょう。
そもそも私のような年代の人間は学校の地理などでカガンがある地域はソビエト連邦として学習しましたからねえ、カガンそのものを知らなかったという方は多いでしょう」
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