アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「ハル、あなたに会うのは久しぶりみたいな気がする」
ミハイルはそういうと、帽子と黒い外套、最後に白い手袋をはずした。
彼は言葉を失ったままの私の顔を覗き込み、少し寂しそうに微笑んだ。
「どうしたの」
「ミハイル、テレビ見たよ」
「ああ……。驚いた?」
「うん、少し」
知らない人みたいだった。という言葉を飲み込み、私はもう一つカップを出した。
「あ、そうだ。ミハイル、カガンティーは好きじゃないんだってね」
「イリアスか……」
ミハイルは目尻を赤く染めた。
「嫌いなら嫌いと言っても私は気を悪くしたりしないし、私が王子様の機嫌を損ねても怒る人はいないのに」
ミハイルは怒ったようなすねたような目で私を見つめていた。
彼はしばらく自分の気持ちを言い表すのに適当な言葉を探していたが、やがてそれを諦めてため息をついた。
「……あなたのカガンティーは好きだ」
言い訳のように聞こえた。
「ミハイル、そう言ってくれるのは嬉しいけど、私のカガンティーは普通だよ。特別なレシピじゃない」
「それでも、違う。あなたのカガンティーは好きなんだ」
ミハイルの短い言葉の意味が量(はか)りかねて、私は困ってしまった。カガンではヤギの乳でカガンティーを作ると聞いた事があるが、ミハイルはカガンティーそのものというよりもヤギの乳が苦手なのだろうか。バターが違う?
色々な可能性を考えていると、ミハイルはそんな私をじっと不安げに見つめていた。