アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)


「……女官も側近も僕の世話をして給料を受け取っている。それは仕事だ。きちんと対価がある。
けれど、あなたは仕事の手を止めて僕の世話をしていた。
仕事として宮廷に仕えることが悪いという気はない。
でもそういうこととあなたの行為は違うものだ。
だから……」

彼はそこで言葉を切り、最後の一言を飲み込んだ。けれど、私にはその言葉が聞こえたような気がした。

ミハイルは私の傍に立った。手元が彼の影で暗くなる。
見上げなくともわかる。彼の気まずそうな顔。飲み込んだ言葉を言うべきかまだ戸惑っているその迷いの気配。

彼は私の手からポットを取った。

「私が淹れるよ」

「いや、今度は僕が。
ありがとうとは言わないで。あなたがそうしてくれたみたいに、僕は僕の気持ちをあなたにあげたい」

「……嬉しいけど、ミハイルは今日は一日出かけていたでしょ。疲れているのに、」

「ああ、もう。
わからない人だな。
あなたを口説いてるんだ、僕は。
初めての恋だから、女の人の気を惹くうまいやり方は知らないけれど、だからってそれをしない理由にはならない」

「紅茶にこめた僕の気持ちがあなたの口に入って、あなたの血肉になればいい」

ミハイルの紫の瞳が私の喉元を辿り、胸、腹部へと移動した。
私は恥ずかしくなってうつむいた。
ミハイルが女の人の気を引くすべを知らないというのはたぶん全くの嘘か自覚がないだけだ。
呪術的とさえ感じるほど重くストレートな彼の愛情表現は矢のようにどすんと私の胸に刺さる。カガン人だからそうなのか、彼がそういう人なのかわからないけれど、ただでさえ彼に魅了されている私は顔色を変えずにそれを聞いているのが精一杯だった。
< 241 / 298 >

この作品をシェア

pagetop