アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「今日はなにをしていたの。朝は僕の記者会見をテレビで見て……それから、午後は?」
そういいながら、彼はテーブルの上に辞書を見つけて微笑んだ。
「カガン語の勉強?」
「あ、うん。でもあまり進まなかったよ。
中学高校大学と勉強した英語でさえろくに話せないから、語学は向いてないのかも」
「あなたは外国語を覚えるのは苦手かもね。だってなかなか喋ってみようとしないから。
あなたからちゃんとЯ люблю тебя(愛してる)を聞かせてもらうまで結構時間がかかった」
そう言う彼の表情は少しいたずらっぽかった。そんな顔もするのだと思うと、新たな彼の一面を見た喜びで胸がじわりと温かくなった。
「そんな事、今持ち出さないでよ」
「そういえば最近はずっと聞かせてもらってないな。今から復習しようか」
ミハイルはそう言いながら私を抱きしめようとした。
「……もう!」
私は照れと私の下手なカガン語を披露しなければならない風向きから逃れたくてミハイルの胸を叩いた。彼は嬉しそうに微笑んで強引に私を抱き寄せた。
「……やっと笑った」
「ミハイル、からかったの」
「笑って欲しかったんだ。だって、今日のあなたはまるで他人みたいで……まるでどこかの王子様の接待をしているみたいな態度だから」
テレビで見たミハイルの姿に、改めて二人の距離を実感したのはまさしく本当で、それを言い当てられたようで私はどきりとした。
「実際に王子様でしょ」
内心の動揺を押し隠すように言い返すと、彼は優しい瞳でつくづくと私を見つめていた。
「そうだけど、……あなたの前では、僕はあなたの……ただの夫でいたい」
彼は突然私を抱き上げた。なんの心の準備もしていなかった私はいきなり高くなった視界に思わず小さく悲鳴をあげた。
すらりと背の高いミハイルに持ち上げられると落とされてしまいそうでこわい。