アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

「そう。
これは9世紀以前からある春を迎える祭りで、日本語にするとバター祭り……かな。

カガンは寒い国だから長く厳しい冬が終わると盛大に春を祝う。だからこれは一年で一番大きな祭りだ。

マースレニッツァではカガンが多神教だったころからの名残で、祭りのシンボルは太陽や太陽神を想起させる丸いものや金色のもの、赤いものも飾る。

春といっても暦上の春だからまだ雪は何十センチも積もっていて、雪で真っ白な景色の中に金や赤の飾りが飾っている様子はとてもきれいだよ。
人々は仮装したり、そりでレースをしたり。飲んだくれている人も多いな。宮廷は行事だらけだけれど、一番大事なのはその年の豊穣を祈る儀式。美しい儀式だ。

あなたは街の祭りと宮廷の儀式……どちらを好きになるだろう。
今年はクーデターでお祭りどころではないけれど、いつか、あなたに見せたい」

私は彼の語るカガンの祭りの話を聞きながら、まだ見ぬカガンの地へのイメージをまた一つ追加した。

厳しい自然と、宮廷の儀式、独特の祭り。
今まで聞いたカガンの話はクーデターや後宮の事、カガンの男が常に持っている刀の話など、ミハイルの言うとおりあまり楽しい話ではなかったけれど、カガンにだって楽しいもの、美しいものはもちろんあるのだ。

「楽しそう。そのお祭りの日、ミハイルは宮廷の儀式に参加するの」

「午前中はね。午後は夜から始まる晩餐会までは少し自由な時間があるから、あなたと宮殿を抜け出そうかな。
それとも二人でブリヌイというお菓子を焼こうか。
僕は毎年15枚は食べる。
あなたは体重が軽すぎるから蜂蜜をたっぷり塗ったブリヌイを10枚は食べてもらわないと」


想像するだけで楽しくてたまらないといわんばかりに、ミハイルは目を伏せてくすくすと笑った。

「そんなに食べられるかな」

「きっと大丈夫。蜂蜜にあきたらイクラをのせて食べるんだ」

「イクラってあのイクラ?」

お菓子にイクラをのせるのか。どんな味なんだろう。
職業柄なのかもともと食いしん坊なのか、知らない食べ物の話になると私は急に興味を惹かれてしまう。
< 244 / 298 >

この作品をシェア

pagetop