アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「うん、日本人はわりと抵抗なく食べられるんじゃないかな」
ミハイルはそう答えたあと、何の前触れもなく私の唇に自身のそれを重ねた。
楽しい話をしていても、しんしんと積もる雪のように、不安が少しずつ私達の心に層を作っていく。
カガンという国を寄り深く知っている分だけ、ミハイルの不安のほうが重いだろうか。
私はミハイルの首に腕を回し、彼を抱きしめた。彼もまた縋るように私をきつく抱きしめる。
唇と唇を重ねていると、弱音を吐かない彼の心のうちが私の中にしみこんでくるようだ。
カガンのよさをいくら私に話したところで、私はすでにカガンの抱える問題を知ってしまっている。
そして、私はミハイルが王子である子とを何度も突きつけられ、二人の距離を目で、体で感じはじめている。
目を閉じると雪と森の広がる風景が見える気がした。
ミハイルを育んだ美しくも厳しい大地だ。千年近く大国の脅威にさらされ、カガンの言葉には大国の影響と彼ら自身の言葉が入り混じり、王子であるミハイルの名前にもロシア名が一部に組み込まれている。
これがミハイルの背負っているものだ。
私がその重荷を少しでも負うことで彼を楽にしてあげたかった。
潔癖で一途なミハイルを少しでも支えてあげたかった。
いいえ、それはきれいごとだ。
本当は……本当は、
いつまでもいつまでもミハイルを庇ってあげたいのだ。カガン人にも誰にもわからない……私の家で。
それがもうかなわないことはわかっていたけれど、それでも私は王子ではないただのミハイルを望んでしまう。