アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
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一週間あけていた我が家には澱(よど)んだ空気がこもっていた。
寒いのを承知で少し窓を開け、私はポトスの鉢に水をやったり、父の仏壇の埃を払ったりとかるく掃除をした。
本当はまだ危険が全くないわけではないので掃除をしている時間もないのだが、なんとなく、ポトスと父の仏壇は触らないまま放置することはできない気がしたのだ。
私の用意したスーツケース一つとスポーツバッグに目をやったミハイルは首をかしげた。
「ハルカ、荷物はそれだけ?」
ミハイルは私の足元に置かれたスーツケースとスポーツバッグを見て首をかしげた。
「うん、イリアスさんが当座の服と貴重品だけ持って来るようにって。冬服は向こうで揃えた方がいいって」
確かに私の荷物は少ない。
女性が長く外国に滞在する予定で作った荷物にしては少なすぎる。
カガン宮廷には細かい服装の規定があると言うし、日本人の女性が普通に着ている夏服は肌の露出が大きいのでカガンでは着て歩けないものが多いとイリアスさんから聞いている。
仕方がないので私の服はほとんどを置いていく。
残りはここを管理してくれる予定の伯母に任せるつもりだ。
店のほうは当分閉める。誰かがもしこの場所で店を開きたいと言ってくれるのなら、その人に店舗部分を貸し出すのもいいかもしれない。
あとの書類上の手続きはイリアスさんやカガン公邸で働く職員さんたちにお願いする。
こんな個人的なことまでお願いしていいものかと思うが、ミハイルがカガンに帰国するまでにあまり時間がない事、そして安全上の問題からそうせざるを得なかった。
本当は今回の貴重品を持ち出すことさえ、井出さんや高坂さんはいい顔をしなかった。
だからわざわざミハイルからの「お願い」という少々ずるい形をとって私は少しの時間だけ自宅に帰ることを許されたのだった。