アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
自分の家だというのに、まるで他人の家にこっそりと忍び込むようにそろそろと動き、私はソファに腰掛けた。
ソファの座面に手をあてても、そこには冷ややかな布の感触しかない。無意識に私は恋しい体温を探したが、もうそんなものは跡形もなくなっている。
「そっか……」
私は一人頷いた。
ここにはもう誰もいないのだ。
おつかれさま。
私は空っぽになってしまった自分自身を、妙に優しい言葉で宥(なだ)めた。
喧嘩で傷ついた虎徹がよくやっているように、私は私の傷を自分で舐(な)めることしか出来なかった。
今までそうしてきたように、私はまた一人で生きていく。私という人間はよくよく人と縁の薄い生き方しかできないように生まれついているらしい。
けれど、どのように生まれついていようともやはり生きているからこそ、私は恋に落ち、恋を失った。
すっかり水のように薄くなってしまった私の血汐はまた、いつか誰かのために赤く染まり、温かく私の体を満たすのだろうか。そんな日は二度と来ないような気がする。あんな恋を知ってしまったら……もう二度と恋はできない気がした。
数時間前に分かれたばかりなのに、もうミハイルの手のひらの温度が恋しくて、胸がつぶれそうになる。
どうしてあんなに遠くにある人を好きになってしまったのだろう。
どうして、もう二度と会うことはできないとわかっていながら、それでもなおこの心は疼(うず)くのだろう。