アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
今後も店を続けるつもりならば私は遠のいた客足を取り戻すべく、何らかの努力をすべきなのだろう。
喫茶店店主の娘に生まれ、ずっとこの店と共にあった私は経営の専門知識など全くなくともこの状況がまずいことは十分にわかっていた。
けれど、そう「思う」ことと「行動する」ことは全くの別物だ。
このままではまずい、と思うものの、何をすればいいのかもわからない。何をやっても意味などないような気がした。
カガンの事、王子の事、それらをすべて抜きにしてもこの店はすでに斜陽の時期に差し掛かっており、このままじわりじわりと店が傾いていくことのほうがごく自然なことのようにも思われた。
この一ヶ月、私は店を開けてはいても心の中はからっぽで、まるで寝ぼけているときのように何をするにも集中できない。
少し前には忙しく動き回り立ち止まる暇さえなかったようなモーニングが終わるまでの時間でさえ、お客がないのをいいことに、ゆっくりと朝の情報番組をつけっぱなしにして、ポトスの世話などをしている。
余裕があるわけではない。気持ちはいつだって不安だった。このまま自然とお客が戻るなどということはありえない。
何らかの手を打つ必要がある。わかっていても足がすくんで動けない。長い年月をかけて体にすりこまれた普段の仕事はできても、心は動きを止めて、ぼんやりと鈍くなっていた。
店でさえこの有様なのだから、二階の住居はひどいものだった。
お客が減ったのだから時間だけはあった。
そして人が一人いなくなったのだから、彼の使っていた寝具を片付け、彼が持っていかなかった衣類も片付けるべきだとわかっていた。それなのに、私は彼の部屋に入る事を一日、また一日と日延べして、けっして彼の部屋に入ろうとしなかった。
きっと、私は怖いのだろう。
ミハイルの生活の痕跡を消してしまう事が、そして、彼に持ち物に触れてあの三ヶ月の恋を思い出す事が。
初めての失恋でもない。
失恋の乗り切り方もある程度はわかっていた。
それなのに、ミハイルの純粋な気持ちに触れたせいだろうか、まるで私は初めての失恋に直面したようにとまどい、おそれ、身動き一つできないのだった。