アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)


ため息をついて、私は店のカウンターを拭った。

モーニングのお客を送り出した後、すっかり静かになった店内はしんとして、まるで穴蔵のようだ。
お客のいないうちに昼食をとろうかと立ち上がると、常連さんがつけっぱなしにしていったテレビから妙に明るい声が聞こえた。


「今日の星占い、気になる第一位は……?
やったー、かに座です!」


キャスターの明るい声を聞き、ミハイルは何座だったのだろうかと無意識に考えている自分に気付いた。

私はその考えを振り払うように小さく首をふった。
ミハイルもきっと私の誕生日なんて知らない。お互いに知らないことの多すぎる関係だった。イリアスさんが私のカガン行きに反対した理由のうちにはきっとこういうことも入っていたのだろう。
もはや「何がダメだったのか」と考えても意味はないのに、どうしても考えるのはカガンの事、ミハイルのことだった。

何事につけても情熱というものを持ったことがない私なのに、案外未練がましい。



自分で自分を笑いながらテレビ画面に目をやると、そこにはずらりと並んだロイヤルブルーの軍服が映し出されていた。

私は思わず息を止めた。


真っ白な手袋と黒い外套、あざやかなロイヤルブルーの軍服はカガン陸軍の軍服だ。

きれいに隊列を組んで行進するカガン軍の様子に目が釘付けになりながらも、私はテレビのリモコンに手を伸ばした。やっと少し落ち着いたところなのに、彼の姿をまた目にしてしまうのが怖かった。

テレビを消すかチャンネルを変えるべきだ。頭はそう警告していたが、もう遅い。
私は凍りついたように動けなかった。


「次のニュースは、先月2日に日本で声明を発表したカガンの第一王子、アエネアス・ミハイル・ユスティニアノス・ハザール・カガン王子についてです」
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