アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)



その写真を見ていると自然に涙があふれ、頬を伝い、その雫(しずく)が新聞をぬらした。
泣いていても、不思議と心は痛くなかった。


小さなモノクロの写真に映る彼の姿は美しかった。
今まで見たどんな彼よりも美しかった。

その美しさにに対する切なくなるほどの憧れが、涙となって私に中からあふれ出たのだ。
涙はあとからあとからとまることなくあふれた。



二階の窓からそっと外の雪を眺めていた孤独で繊細な青年はもういない。

彼は強く凛としたユスティニアノス9世という人になったのだ。
これから彼はカガンという国と戦うのだ。たった一人で。


彼はこの家にいた時、確かに孤独で、寄る辺なき存在だったのかもしれない。けれど、彼は自分の向き合うべき課題に向き合い、自分の生きるべき道を踏み出したのだ。

もう彼は縋るべき藁(わら)を探したりはしないだろう。
愛する人を一人残らず失っても傷ついても、彼は一人で立ち上がり、自分の課題に向き合うということをやってのけたのだ。そんな彼にもう私のような「藁」は必要ない。


私の心の中に細い光の筋が雲間から差してきたようだった。

彼はきっと、傷つきやすく繊細な自分を初恋と共にここに置いていったのだろう。

だからこそ両親が殺され、そして次は自分の命が狙われても、その恐怖を乗り越え、すぐに自分を立てなおしてパレードをしている。公道に出れば誰でもミハイルを暗殺できる。それでも彼は胸を張って自分の存在を主張している。

彼は生まれつきの身分のせいで身につけざるを得なかった借り物の誇りではなく、自分自身の魂に刻まれた自分だけの誇りと向き合っているのだ。


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