アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
私はその刀に直接手を触れないよう、袖で手先を覆い隠してから抱き上げるようにして持ちあげた。
やはり武具の一つである以上、それは布越しに触れてもずしりとした重い金属の感触がある。
そのままリビングに移動して刀をポトスだらけのテーブルに置き、私はカガン公館の電話番号を探した。
明け方の部屋の中は次第に朝の透き通るような光に満たされ、目を凝らさなくても部屋中のものが見える。
とりあえずテーブルの上に置いた刀の装飾が、ライム色のポトスの葉の影できらきらと輝いていた。
それを見つめているうちに、やがて私はイリアスさんの名刺を探すのをやめた。
「こんな大事なものを忘れるなんて」
ちがう。そうじゃない。
彼はこれを「忘れた」のではない。
彼はこの刀をわざわざ日本政府に申請してまで日本に持ち込んだ。
それほどカガンの男性にとってこの刀は大事なものなのだ。いったんは置き忘れる事があったとしても、一ヶ月もの長い間、これを置き忘れたまま問い合わせもしないなどということはありえない。ましてこれは普通のカガン人男性が持つものとは違う。王家に伝わるものなのだ。
彼はどちらかといえば気の細かいほうで迂闊な人ではない。毎日身につけているものならば尚更、忘れたりなどしない。
「ミハイル」
彼はこれを、わざと置いていったのだ。きっと。
ミハイルは私をカガンに連れ帰るといいながら、どこかで私が彼を選ばないことを、私の弱さをどこかで感じ取っていたのではないだろうか。
私は彼の思うように、自分の心を貫き通す強さは持っていない。
彼はそんな私の欠点をしっかりとわかっていたし、そんな私の欠点をも愛してくれていたのだ。
彼を裏切ってもなお私は彼の妻だと、その守り刀が彼のその気持ちを示していた。
『男はこれで家族を、特に母や姉妹、妻を守る。自分のためにこれを抜くことは親から固く禁じられている』