アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)


彼以外にお客の姿はないのでもちろん席は空いているが、こんな事を言われたのは初めてで、どう対応していいのかわからなかった。

「は、はあ」

とりあえずいわれるままに席に腰掛けると、彼は自身の胸元につけた骸骨を模したペンダントトップを指先でいじり始めた。

「あー……えっと。鈴村逸子(いつこ)ってわかる?」
「鈴村、いつこ……ああ、」


一瞬聞きなれない名前に戸惑ったが、私はやがて丸顔で人の良いパン屋のおばさんを思い出した。
彼女はこの店にもう二十年近く通ってくれている古いお客さんであり、商店街組合では必ず月に一回は顔を合わせる商店主仲間でもある。

「俺は鈴村高志っていって……鈴村逸子の甥なんだけど」

「ああ、そうなんですね。存じ上げなくて失礼しました。逸子さんにはいつもお世話になってます」



「……それはいいんだけどさ。
えっと……叔母から話、聞いてる?あー……えっと。見合いの話」

彼は眉間にしわを寄せ、まるで不良学生が喧嘩を売るように私を睨みつけた。

「えっ……」

彼はうんざりしたように小さくため息をついた。

「これだよ……。いつも思いつきで適当なこと言うんだよな。あのババア……」

「え、え?」

彼は金色に染めた長めの髪を大きな手でかきあげると、まず舌打ちをしてから話しはじめた。

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