アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)


「俺さ。高校出てすぐに料理人の修行を始めたんだ。最初は京都の料亭で、次は京都時代のお客さんの紹介で、銀座の割烹。
……まあ、要するにあっちこっちの店でやってきたんだけど、なんつうか……俺はこういうカンジじゃん?」

「こういう、カンジ、ですか」

彼の言わんとする事がよくわからないまま彼の発した言葉をそのままおうむ返しにする私を見て、彼はジャンパーのポケットに手を入れたまま肩をすくめた。

「今、ビビッてんじゃんあんた。つまりそういうこと。
俺はこの態度のせいであんま……周りっつうか先輩とうまくやっていけなくてさ。すぐ揉めてやめちまうってわけ。そんで今は仕事を探してる状態。
で、俺もそこそこいい年だからってんで叔母が勝手に世話を焼いて、俺とあんたとの見合い話を持ち込んできたんだ」

「あ……ああ、その話」

やっと彼が何を言いたいのか理解した私はほっとした。彼の喧嘩腰に近い態度が実は少し怖かったのだ。

ミハイルとのことがあったのでそんな話があったこともすっかり忘れていたが、確かにお見合いのような話はあった。ただし、私の認識ではその話はその場で断ったつもりだった。
彼は反応の鈍い私に焦れるように、何度か貧乏ゆすりを繰り返した。

「俺はさ、まだ結婚なんて考えてねえし、……正直言ってあんたに会ってみても……なんつうか……」

彼は口ごもった。さすがに叔母の紹介では思ったことをストレートにこちらにぶつけるわけにも行かないのだろう。

「ぴんとこない……?」

「そう、それ。俺は短気な性質だから、すぐ怒鳴っちまう人間だし、あんたじゃちょっと……暗ぇっつうか……上等すぎるっつうか」

叔母の圧力に屈して見合いに来てはみたが、彼にとって私はあまり好みではなかったらしい。なるべく私の気を損ねないように話を断りたい彼の気持ちが透けて見え、思わず苦笑してしまった。
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