アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「なんだ、あんた笑えんじゃん。
ちょっと年くってっけど、笑ったら悪くねェよ。胸もデカいし」
「むっ、むねっ?」
私は思わず手で自分の胸元を庇った。
お見合いははじめてだが、こういう「軽い」お見合いではセクハラでジャブを打ってくるのも形式美なのだろうか。
彼は私の反応が面白かったのか、声を立てて笑った。
「ここ、いい店だなとは思うんだ。
でも、俺が店を持ちたいからってここの婿になるっつうのは……なんか、あんたにも悪いし、俺もうまくやれる気がしねぇ。
そもそも、ここってあんまりフードメニューもないじゃん。料理専門のヤツなんか要らないだろ」
それについては私も大きく頷いた。
目の前の鈴村高志は、セクハラはするし短気だけれど、性格はからりとしてはっきりものを言う割に不快な感じはない。そんな彼が陰気なところのある私と気が合うとは思えなかった。
そもそも私自身、店を維持するために婿をとろうなどという考えは全くなく、まさかパン屋のおばさんが本気でそんなことを話していたとは思いもよらなかった。
私は思わず笑った。何もかも顔や態度に出てしまう彼に好感を抱いたのだ。すこしだけ逸子さんに似ているような気もする。
彼は無遠慮な態度でじろじろと店の中、特にキッチンを注意深く眺めた。
「店はいいんだけどなぁ。
俺、意外とこういう木とか花とかの多い場所は好きなんだ。落ち着くじゃん。
これ、いいよな。なんて植物?」
彼は私が笑ったことで少し気が緩んだのか、椅子の背もたれに身を預けて窓際からだらりと床近くまで枝を伸ばしているポトスの葉を指先で弄んだ。
「ポトスっていうんだ。よかったら一鉢持って帰る?」
「俺が持って帰ったんじゃすぐ枯らすだろ。かわいそうだし遠慮する」
「え、そう?私でもちゃんと世話ができてるのに」
「いやあ、俺は結構乱暴だし、飽き性だからなあ。
まあ、さっき話したとおり、悪いけど婿の話はなかったことにしてもらっていい?」
私は笑いながら頷いた。
「ありがと。あんたもっと笑うようにしたほうがいいよ。接客だし、若い女なんだからさあ」