アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
私は店の扉を振り返った。
そうだ。
私は今までこの店の未来を思い描いただろうか。
キッチンとしてウエイトレスとしてだけではなく、経営者として、この店の店主として。
父はカガンティーをはじめとした外国人向けのメニューを考案することでそうした努力をした。
けれど、私はどうだろう。
店をきれいにする事、決まりきったルーティンの仕事をする。それ以上のことを考えただろうか。
店の将来ときちんと向き合っただろうか。
ミハイルの心の一番くらい部分に気付けなかったように、この店についても見ないままの部分があるのではないだろうか。
私はずっと父が日常繰り返していたことをなぞるだけで、今までの暮らしがこの先も続いていくのだとそう思い込んでいた。けれど、それは違うのではないだろうか。
そのとき、私は不意に父が初めてカガンティーのレシピを持ち帰ってきたときの情景を思い出した。
何度もバターの量を調整していた父の後ろ姿、初めて試飲したカガンティーのにおいが記憶の底から私を取り囲み、私はまるで今、自分がそのころの店に立っているような錯覚に陥った。