アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「虎徹、誰か連れてきたの」
店の中で雪で濡れた前足を舐めている虎徹にそう尋ねたけれど、もちろん答えはない。
人間から見ればそれほどいい男とも思えない虎徹だけれど、猫の世界ではそうでもないようで、彼はたびたび彼女なのか妻なのかはっきりしない雌猫を連れ歩いている姿を目撃されていた。
もちろんその彼女だか妻だかわからない猫を接待するのはいつも人間、特に商店街で働く人々の役目だ。
虎徹は当然のような顔をしてすでにくつろいでいる。自分で彼女を連れてきたくせに、接待までする気はないらしい。
やれやれ。
「おいで、猫ちゃん……」
チチチ、と舌を鳴らしながらポリバケツのほうに踏み出した。
「猫ちゃん、寒いから早く出ておいで。もう閉めるよ」
寒さに身震いしながらポリバケツの陰を覗きこんだとき、私ははっと息を詰めた。
猫じゃない。
足だ。
人間の、足が見えた。
ポリバケツに身を隠すようにしてうずくまっていたのは人間、それもおそらくは男。
この寒いのに、男はコートを着ておらず、パーカーのフードをかぶって顔を隠している。
男は静かに顔を上げた。
彼の瞳が暗闇の中できらりと光ったような気がした。
「あっ……」