アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
私たちがつめているのは一日20食限定のランチメニューだ。
鈴村くんにメニューを充実させるべきだと言われたとき、私は近所にできたイタリアンの店を意識してパスタばかりを提案したが、鈴村君はその私の提案を一蹴した。
「イタリアンの店とパスタで張り合ってどーすんの」
信用金庫で働く女性たちはパスタが好きだ、だからパスタを出すべきだと考えたのだが、鈴村君はそんな私の意見を一切聞き入れずにこう言い放った。
「和定食にしよう。俺、イタリアンの修行なんかしたことねえし」
「あ、そうなんだ……」
自分の親の店で働いて、そのまあ調理師免許を取得しただけの私は修行といえるほどの修行などした事がない。調理師の専門学校にも通ったことがない。だから同じ料理人でもそれぞれ専門があるのだということがすっぽりと頭から抜けていた。
イタリアンのシェフと和食の料理人が同じ商店街でパスタを出していれば普通はイタリアンの店にお客の足が向く。私がお客でもそうするだろう。
「じゃ、そうしよっか」
数週間前にやっと経営者としての自覚に目覚めた私には雇用主の威厳などない。
どうせこのままではつぶれるしかない店だからと私は半ば自棄(やけ)になっていた。なにかにつけ思い悩む性質の私が、今回ばかりは思い切りよく店のやり方を変えた。
そうして鈴村くん主導ではじめたランチメニューは、意外なことに女性客の心をつかんだようだ。見た目の色合いをあざやかにして季節感を工夫したのがよかったのかもしれない。