アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「しょーがねェな、貸せ!」
鈴村くんはもたもたと作業している私に対する苛立ちを隠す気もない。そのまま私の手からご飯用の梅型をひったくった。
「ご、ごめん!」
「ホール行って」
彼の短い指示を受けて背後を振り返ると、店の入り口があいて子連れの女性が入ってきた。時間帯からしてランチだろう。私は急いでお冷とおしぼりを用意した。
初めて鈴村君に叱り飛ばされたときは彼の荒い態度と言葉にショックを受けた。
しかし二、三日彼と一緒に仕事をしてみると、ピーク時を過ぎた彼は初めて会ったときと同じように口は悪いが気のいいお兄さんに戻ってしまう。
まるで人格が入れ替わったみたいにけろりとしてまかないを食べながら冗談を口にする彼を見ていると、いちいち彼の言葉を真に受けてショックを受けている事が馬鹿馬鹿しくなってくる。
あと数時間だ。頑張れ。
私は自分を叱咤して接客の合間にランチの準備を手伝った。
忙しくしていれば体は辛くとも時間が過ぎるのは早い。
ばたばたとランチのお客さんをさばいているうちにあっという間に一時、二時になり、そこからまたティータイムのお客さんが少しやってくる。平日の午後はそれほど忙しくはないので、そちらの接客をゆるゆるとこなしているうちにもう夕方だ。
「休憩入れたらどうっすか」
そう声をかけられ、はっと時計を見上げると、もう午後四時を回っていた。
丁度その時、私は手元にずらりと並べたシロップグラスにガムシロップを足していた。声をかけられた拍子にわずかに手元が狂い、とろりとこぼれたシロップが私のつま先を汚した。
「あースンマセン。驚かせちゃいましたか」
「あ、ううん。そうだね。そろそろ休まないと」