アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
ランチタイムのメニューを増やして売り上げが増えたのはいいことだけれど、ここのところ忙しすぎて自分自身の昼食が夕方まで取れなくなってしまった。
鈴村君はアルバイトのウエイトレスを入れるべきだと主張するけれど、まだ人件費を増やすことにどうしても抵抗があって募集はかけていない。私は自分の昼食を抜いたり遅らせたりすることでなんとか毎日の仕事をこなしていたが、このままでは続けていけないということももちろんわかっている。
さて、どうしたものか。
鈴村君がグラスにアイスティーを注いでカウンターに置いた。
「まかない、いつもと同じでいいっすか」
「うん」
鈴村君はそれを聞くなり手早くクロワッサンを取り出して真ん中に大きく切り目を入れた。これに残ったサラダとハムをはさんだものが私の昼食だ。店が忙しいのであえて手軽に食べられるものを選んでいるのだ。
先ほど私を追いまわしていた鈴村君はもう気持ちが落ち着いたのか、鼻歌を歌いながらまな板を洗っている。けっして上手な歌ではないけれど、R&B風のそのリズムは聞いていて心地がいい。
次の就職が決まるまでといわず、ずっと鈴村君がここにいてくれたらいいのに。
どうせ人件費を増やすのならばアルバイトを入れることよりも、そちらのほうが店にとっていいような気がする。
しかし私はそれをなかなか本人に言い出せないでいた。
彼はこれまで何度か店を変わりはしたようだが、ちゃんと日本料理の修業をしてきた人だし、これからも日本料理の修業を続けたいと思っているだろう。このカフェ・モーリスにいたのではそれはかなわない。
彼はそんな私の思いに気づくことなくシンクをきれいにすると、エプロンを外した。
「んじゃ、ランチ終わったんで」
「あ、おつかれさま。お金、いつものところだから」
「ウッス」
鈴村君はカウンターに載せた週給入りの封筒を受け取って裏口から出て行った。