アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「はい、もしもし。カフェ・モーリスです」
受話器をとると、細かな雑音が聞こえた。携帯からの電話だろうか。
「もしもし?カフェ・モーリスです」
もう一度繰り返すが、返事はない。
いたずらだろうか。
私は唇を尖らせて受話器を耳からはなした。その時、声が聞こえた。
「……ハル」
その品のよい声音に、時間が止まったような気がした。
仕事中はすっかり心の奥底に閉じ込めているその記憶が匂いたつように私を包み、胸がぎゅっと絞られるように痛くなる。
私は声を出せなかった。
何も言える事がなかった。
私は最後の最後でミハイルを裏切り、彼を一人でカガンへと送り出した。
「……」
もしもう一度ミハイルと話が出来るのならば、……謝りたい。
土壇場で戦う勇気をなくした私を。あなたを守りたいといいながら、なんの力も持てず、ミハイルの力になれなかった私を。
何度そう後悔したか知れない。
けれど、いざ電話がかかってくると私は何も言えない。言うべき言葉は小さくつぶれてしまい、息さえとまってしまう。
私は汚いことをした。
自分を信じ、恋い慕ってくれた幼い恋心を騙して、捨ててしまった。
救いを求めて足掻く手を一旦はつかんだくせにまた放り出した。
恋した人に、自分の一番汚く弱いところを見せてしまった。
最悪の形で恋は終わったのだ。
私は受話器を置こうとした。
けれど、ミハイルの声がそれを遮った。
「待って、切らないで」