アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
そうだ。警察、警察に連絡をしなくては。
私は携帯をおきっぱなしにしたカウンターをちらりと見遣った。
男も私の意図を察したのだろう、カウンターの上で白く目立つ私の携帯に気付いたようだった。
「何もしない。すぐに出て行くから……。
だから、警察に連絡しないで、欲しい」
低く押し殺したその声の響きに、私はどこか懐かしいものを感じて顔を上げた。
彼が私の方に一歩踏み出した。
そのとき、明り取りの窓から差し込む光の中に彼の姿が浮かび上がった。しなやかで細く、竹を連想させるその体。
少し訛った日本語。
あ、この人。
たぶん、カガン人、だ。
それも。
その時、私の脳裏には複雑な色が混じりあったガラス玉のような瞳が浮かんでいた。
「王子……?」
その声に彼は一瞬答えにつまり、やがてパーカーのフードを取った。はらはらと白い雪が店の床に散り、美しい金髪が露わになる。
そして、王子の手からはたはたと音を立てて水滴がこぼれた。
黒々と床にしみを作るその雫を見つめているうちに、私はその液体が何であるかを察した。