アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
血だ。
相手が顔見知りであったとわかってほっとしたのもつかの間、その血を目にした私はすっかり動揺してしまった。
王子は先ほどのナイフで誰かを傷つけたのだろうか。そして、私も傷つけるのだろうか。
背筋がぞっとした。
私は怯えた目で彼を見つめた。
彼は私に駆け寄り、声をあげそうになる私の口を再び強く手で押さえて塞いだ。
「すぐに出て行きます。あなたを傷つけるつもりはない」
ぬるりとした血の感触と、生々しい匂いが唇をふさいだ。
暗く寒い夜の店の中に、互いの白い息の音、そして王子の手から滴る血の音が響いている。
未だ血が滴っているということは、王子は誰かを傷つけたのではなくて、彼自身が傷ついているのではないだろうか。
時間とともにこの状況に少し慣れ、店内の暗さに目も慣れてくる。
するとようやく頭が動くようになったのか、そんな考えが浮かんだ。
「見逃して欲しい」
暗い店内にはいってくる薄い光の中で、彼の白い肩が呼吸とともに上下している。
ガラス玉のようにきれいな瞳がこちらをしっかりと見つめていた。
懇願するようなその瞳に気持ちがゆれた。
本当にすぐ出ていってくれるのだろうか。
私を傷つける気はないのだろうか。
彼は刃物を持っている。
でも、傷ついてもいる。
「嘘はつかない」
小さな切羽詰ったそのささやきに私はゆっくりと頷いた。
王子はそっと私の口から手を離し、私の様子に気を配りながらも、一応ナイフをおさめた。