アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)


何も触らずに、朝、王子が残した血の後に驚いたふりをして警察を呼ぶほうがいいのだろうか。
それとも彼がいた痕跡そのものを消して知らん顔をして店をあけたほうがいいのか。


少し迷った末に、私はキッチンの小さな明りをつけた。


すると、キッチンから勝手口に続く細い通路で、誰かが背を丸めて眠っていた。


王子だ。

いつでも逃げられるようにという配慮だろうか、ドアのすぐそばで体育座りをして、膝の上に顔を埋めるようにして眠っている。
つややかな髪の間からのぞいた彼のうなじに骨が浮いている。もともと痩せているのか、クーデター以降の心痛でそうなったのかは分からないけれど、それがひどく痛々しく見えた。



キッチンを見渡すと、何しろ喫茶店なので食べ物は売るほどあるはずなのにどこも使った形跡がなく、カガンティーだけがきれいに飲み干されていた。

食べ物を出してあげたほうがよかったかもしれない。気の利かない自分を悔しく思っていると、王子の寝息がおかしいのに気がついた。そっと近づくと、王子のお尻の辺りにうずくまっていた虎徹が顔を上げた。
王子の長めの前髪が汗で額に張り付いている。

これはいけないんじゃないか。
さすがに鈍い私も気がついて彼の額に触れた。額はひどく熱く、その上汗ばんでいた。……熱が出ているのだ。

「虎徹、王子が寒がってたんだね、温(あたた)めてあげていたの」

虎徹は私が離れても動こうとはしない。まるで王子を守っているかのようにしっかりと彼に身を寄せて動かなかった。

私なんかよりもよほど猫のほうが王子の助けになったというわけだ。

こんな状態の彼をほうっておいてはいけない。

誰か助けを呼ぼうか。でも、誰を呼べばいい。
警察は駄目だと王子に止められたし、救急車を呼んでも結局は王子の嫌がる警察に知られる結果になるだろう。
迷った挙句、私はどうしようもなくなって王子の頬をひたひたと叩いた。
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