アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「ねえ、聞こえる、こんなところで寝ちゃ駄目。起きて」
「……ん、……」
薄闇に浮き上がるほど白かった頬が、はっきりそれと分かるほど赤い。発熱している。傷から菌が入ったのか、それとも風邪か。
桃の花のように赤くなった顔に狼狽しながら声をかけ続けると、ややあって彼は薄く目をあけた。
そして彼は驚いたように大きく目を見張ると慌てて立ち上がろうとした。しかし、体に力が入らないのかよろめいて勝手口のドアに肩をぶつけた。
「起こしてごめん。でも、こんなところで寝ちゃ駄目、寒いし……朝になったら店の前は人通りが多くなるから、人に見られてしまう……」
「Простите……」
王子は明らかに朦朧としている。目もうつろで焦点が定まらず、声もほとんど聞き取れないほどかすれている。
「警察は呼ばないから、I Don’t……call、ええと。Police.You, should go to bed……ベッド、わかるかな……?」
二階を指差して身振りと怪しい英語でそう問いかけると、彼は一瞬勝手口に目をやったけれど、さすがにこの状態で逃げてもまた外で倒れてしまうのがわかっていたのだろう。私に向かって小さく頷いた。
よかった、伝わったみたい。
私は自力ではほとんど立てない状態の彼を支えてなんとか立ち上がった。
細く見えて随分と重い体だ。朦朧(もうろう)とした人とはこんなに重いものか。
これほど重くては本人の協力がなくてはこの人を運べない。
私はとにかく転ばないように、王子を落さないようにと必死の思いで王子を二階に運んだ。彼は朦朧としながらも残る力を振り絞り、なんとか歩いてくれた。それでも支えている私がふらついてしまうほど重かった。
今までなんとも思わずに使っていた古い家の階段が恨めしい。うちの敷地は確かに狭いが、何もこんなに狭く急に階段を作ることはないだろう。
彼の長い体を自分のベッドに寝かせたとき、私はほうっと長い息を吐いた。
こんな寒い冬の夜にこんなに大汗をかくことになるとは。