アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
店の中で短い眠りを貪る彼ははひどく頼りなげに見えたのに、私の部屋に入れた途端、彼はとても大きく見えた。
昭和のころに建てられた我が家はただでさえ鴨居が低いので背の高い彼ではふとした瞬間にあちこち頭をぶつけそうだ。
すらりと細い体に見えたのは彼の背が高いからであって、彼は決して極端な痩せ型ではない。
困ったことになったなと思いながら、私はタオルを彼の服の中に入れたり水を含ませたりと思いつく「看護」を少しずつ試してみた。
幸い、けがの出血は自分できちんと手当てしたらしく、もうぽたぽたとあちこちに血が滴るようなことは無かった。
私はそれを知ってほっとした。
おそらく私はあまりいい看護人ではなかっただろう。
汗と血に汚れた彼の服は非力な私の力ではどうにもできなかったし、手当ての知識もない。その上、第三者の助けを拒むけが人を看護することに、私はある種の怖さを感じていた。
もし死んだらどうしよう、外国の王子が、私のベッドで。
本人の希望を無視して病院に電話をして、この重すぎる責任を手放したほうが自分のためなのではないか。
すでに大人としての臆病さをしっかりと身につけている私は何度も何度も逡巡(しゅんじゅん)したけれど、王子のまだ幼ささえ感じる哀れな顔を見るたび迷った。
あと少しだけこのままで。そうすれば王子の目が覚めて、自力で出て行くかもしれない。あるいはカガン公館から迎えが来るかもしれない。
もう少し。あと10分、いや、30分……。
そんな風に、私は行動することを先送りしてしまうのだった。