アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)


スーパーの袋を両手に提げて裏路地の外階段に回ると、砂利を敷いたわずかな庭に誰かが立っていた。


すらりと竹のようにしなやかなその体型と、なんとなく見覚えのある、どこにでも売っていそうな黒いパーカー。そのフードから彫刻のように美しいその横顔がのぞいていた。



それは、王子だった。


報道されないだけで、彼はすでに政府に保護されたものだと思っていた。しかし、実際はそうではなかったらしい。
彼は外階段のほうに一歩踏み出しかけたが、しかし思いなおしたように足を止めた。
その横顔には濃い疲労の色が滲んでいる。それに目元も頬もひどく赤い。まだあのときの熱が下がらないのだ。

彼は一瞬だけ二階を見上げると、そのままその場を離れようとした。


しかし、私は何かを考える前に足を踏み出していた。

私の手が彼の袖を捉えた瞬間、彼は驚いたように私の手を振り払ったが、相手が私だとわかると彼の顔は元々赤かったものがさらに赤くなった。
彼に声をかけてどうしようという具体的な考えは何もなかった。けれど、私は彼の袖をもう一度しっかりとつかんだ。

私は押し殺した声で囁いた。


「ここに居ちゃ目立つから、上へ。アップステアー、ハリーアップ」


私はそのまま彼から離れ、いつも通りに外階段をのぼり、そして扉の鍵を開けてまず自分自身が中に入った。そして20cmほどあけた扉の隙間から顔をのぞかせて身振りで彼を手招きした。


彼は困惑したように私を見上げていた。
けれどしばらく逡巡(しゅんじゅん)したのち、彼は周囲に人が居ないことを確認してから外階段を上ってするりと家の中に入った。それはまるで猫のような身のこなしだった。
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