アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
まるで自分が住みなれた街をいつの間にか離れて、映画の中にでも迷い込んでしまったかのような気がした。
誰が見ているというわけでもないのに、私は首をすくめて怯えた目で家の中を見回した。
生まれ育ったこの家はもちろん私のよく知った家で、私の視界に見慣れないものは何一つ見当たらない。自分の家なのだから当たり前だ。しかしその当たり前のことさえおかしなことのように思われた。
『どこに逃げても』
『追ってくる』
王子が勝手口で漏らした小さな呟きが頭の中で反響した。
駄目。通報は出来ない。この人が犯罪目的で銃を所持しているんじゃないことはわかっている。
私はぎゅっと強く目を閉じた。
日本人として、通報は当然の義務だったのかもしれない。
でも……「銃の存在に気付かなかった」なら?
「外国人が病気になって困っているみたいだったから、家に上げて休ませた」だけなら?
それでも私は後で罪に問われるようなことになるだろうか……。
そんな子どものいいわけみたいなものが通る可能性は低そうだったけれど、私は自分の不安を握りつぶして王子に毛布をかけた。
今は休むべきだ。このまま逃げ回っていても体を悪くするだけだ。他の季節でも宿もなく町をさまようのはつらいだろうに、今は真冬なのだ。