アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

その時、彼のおなかから低い音が聞こえた。

「失礼」

恥ずかしかったのだろう、彼は謝罪しながら私から目をそらした。


「あ……良かったら食事を、どうぞ」

「いえ、僕は」

「いや、……私は紅茶を淹れなおしてくるから」



どうしてだろう、プライドの高い人がミスをすると見ているこっちがいたたまれなくなる。お腹がなるのは正確にはミスじゃないけど。

私は王子が何か言う前に「たくさんあるから、いくらでも食べて。EAT」と言って逃げるように階下に降りた。

店のキッチンでカガンティーを作りながら、私も顔を赤らめた。王子は若い。正確な年齢は知らないが、どう見ても25歳にはなっていない。若いのだからお腹がなることもあるだろう。まして逃亡中なら尚更だ。
王子があんなに恥ずかしがらなかったら私もおなかの音なんて気にもしなかっただろうに。


淹れなおしたカガンティーを持って二階に上がると、オードブルを前に、王子が一人で固まっていた。


「……どうしたの」
「ナイフがみつからないのでどうしようかと、思って」

彼は一人できちんとしたテーブルセッティングをしようとしたらしく、私が年に一回しか出さないような大きな花柄の皿を大小二枚出されていた。
そして皿の脇には紙のナフキンが二枚、ふりかけや食卓塩が無造作に出しっぱなしになっている小さなテーブルにセッティングされていた。

彼の育ちがいいのはよくわかった。しかし……これでは逃亡生活なんてうまくやれっこない。いままで彼がどこにも助けを求める事ができずに困っていたのはこういうことも原因の一部だったのではないだろうか。
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