アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「カガン人は王族への不敬を許さない。僕が許しても、国民は許さない。
あなたが日本人で、僕はあなたの君主ではないのはわかっていますが、しかしそういうことをわが国への侮辱と解釈する国民もいるので、念のために。……お願いします」
なるほど。たしかに自分が尊敬している人を適当に扱われたら、カガン人でなくとも不快に感じるものだ。
私は頷いた。
「では、殿下」
彼は小さく頷いた。
「では、今夜の糧に感謝を」
彼は両手をテーブルの上で組み、目を伏せた。長いまつげが彼の頬に濃い影を落とした。彼のばら色の唇が小さく動き、カガンの言葉で祈りを紡いだ。
私は一瞬彼につられてテーブルの上に手を載せかけたが、やがて自分の家の習慣を思い出して胸の前で両手を合わせた。
「いただきます」
クリスマスディナーを前に両手を会わせるのは厳密に言えばおかしいのだろうか。わからないが、王子はそのことについて何も言わなかったし、私も少し疑問に感じただけでいちいちきちんとしようとは思わなかった。元々私は大雑把な性格なのだ。
王子はオードブルをぺろりと平らげ、ケーキ、さらにチキンと店のトーストをたいらげ、カガンティーを二回もおかわりした。
若竹のようにしなやかで細い彼の体のどこにこれほどの食料が入るのだろうかと驚かされた。
きっと満足に食事も取れていなかったのだろう。かわいそうに……。そう同情しながらも、私は彼の食欲に圧倒された。
雪に備えて買い込んだ食糧もこの調子では思ったより早くなくなりそうだ。
私の店は元々それほど繁盛しているわけではないし、クーデターのせいでカガン人のお客はすっかり減ってしまった。
私の財布はクーデターが鎮圧されるまで王子を支えきれるだろうか。正直なところあまり自信はない。
カガン人のため、王子のため、そして私の店のため、クーデターが早期に終結することを願わずにはいられない。