アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「あなた軍人なの。普通の学生だと思ってた」
「カガン王族の男は僕も含め、ほとんどが軍人になるのが伝統で、貴族も男子はほとんど士官学校に行きます。
日本に来てからの僕は普通の大学に通っていました。だから、あなたの学生という認識は間違っていません」
私は彼のパーカーの中に隠された銃の存在を思い出して思わず身震いした。
「王子」だけど「軍人」なのか。
そういえばヨーロッパのどこかの王子も軍服姿で公式行事に参加していた。
王子というのは身分であって職業というものとはまた少し違うのかも……。
あれ、じゃあ王様は王様という身分を持っているだけの無職……なのか?
そこのあたりを王子本人に聞いてみたかったけれど、たぶん今はそういう問答をしている場合ではなさそうだ。
私は新しいタオルを取り出して王子の隣に運んだ。彼の傷口を間近で見ると、改めてその傷の大きさにたじろいでしまう。傷は肩から腕にかけてざっくりと斜めに切ってあり、おそらく刃物で切られたもののように見える。
切られてからだいぶ時がたっているので最初に彼がこの店に逃げてきたあの雪の夜ほど出血はひどくない。
けれど、この一週間ほどの間に化膿してしまったのだろう、傷口周辺が赤くなって膨らみ、近くに寄ると膿の匂いがした。
「切られ、たの?」
「……」
彼は少し紫色の瞳を動かして私を一瞥したきりその質問には答えなかった。
「……」
深く考えるとだんだん自分がとんでもない人を家に引き入れたのではないかと怖くなるが、私は首を振ってその恐怖を振り払った。
王子は怪我の手当てを済ませるとまた眠ってしまった。たぶん朝を迎えた今もきっと熱にうなされている。