アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

以前は磨きたてられた運転手つきの車に乗っていた王子様が、誰にも助けてもらえず、一人で食べるものや寝る場所にも困っている。

一国の王子がそれほどの大きなトラブルを抱え込んでいる。きっと彼の抱えるトラブルは私などには到底背負いきれないものだろう。
だから、警察に電話したほうがいいんじゃないのか。せめて病院に。

私は自宅の電話機に目をやった。
しばらく私は電話を見つめながら逡巡していた。


けれど、立ち上がってしかるべきところに電話をかけることはしなかった。動けなかったのだ。


自分の手には負えない何か大きなものがこの家に転がり込んできた。
それがわかっているのに、私はそんな彼を追い出すこともできなければ、警察に電話することもできない。
王子を助けたところで待っているのはトラブルだけに決まっていると頭ではわかっている。それでも私は王子に出て行けとはいえないのだ。

雪のちらつく裏路地で私の家を見上げる彼の横顔はひどく孤独だった。

あの時私が声をかけなければ、彼はまた飢えと命の危険にさらされている恐怖を一人で抱え込み、雪のちらつく空の下をあてもなく歩み去ったのだろう。
自分が困っているわけでもないのに、それを想像すると胸がぎゅっと締め付けられてしまう。


私は本来特別親切な人間ではなかったはずなのに。

けれど、助けて欲しいと人に言えない、困っているくせにずうずうしく振舞えない、そんな彼のプライドの高さと不器用さを見ていられなかった。

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