アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

「えっ?」
「疲れてるみたいだね」

私は眉を上げた。

王子のことは誰にも言うつもりはなかったし、人に知られてはいないはずだ。
私はいつもと変わりない態度でいたはずだったのだが、やはり馴染みのお客さんから見れば違うものなのだろうか。


「そうですかね?昨日なかなか寝付けなかったから」
「んー……」

ご隠居はほとんど見えない目を私に向けた。


「カガンティーの匂いがするね。
……なんだか僕もカガンティーが飲みたくなった。食後に、カガンティーを持ってきてくれるかな」


視力が弱くなると他の感覚が鋭敏になると聞いたことがあるが、まさしくそれだったのだろうか。

私は朝一番のご隠居さんに「カガンティーの匂いがする」と指摘されたことに動揺した。カガン人以外でこの紅茶を好む人はいない。ご隠居のその言葉は店にカガン人が来た、あるいはすでに居ることを指摘されたように聞こえた。

「かしこまりました」


なるべく動揺を押し隠しそう返事をすると、私はすぐキッチンに下がった。

カガンティー用の茶葉を出したところで、いつもの商店街店主の面々がそれぞれ挨拶を口にしながら店に入ってきた。

ご隠居は先ほどまでの会話を忘れたかのように、おっとりとコーヒーを飲んでいた。彼はいつもここで朝のひととき、定位置に座って店のざわめきやコーヒーの香りをゆっくりと楽しむ。そんな彼にカガンティーをと言われたのは今までにあっただろうか。


何か、気付いているのかな。
私は窓際のご隠居の様子が気になり、何度も彼を見たが、それきり彼は何も言わなかった。
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