アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
彼が言うとおり、確かに返せるものは何もなさそうだ。
彼は着の身着のままで逃げてきたようだし、現金は……元々平穏なときでさえうちの支払いはそばつきの人がやっていた。たぶんお金は持っていないだろう。もともと彼にそんなものは期待していない。ただ、私はうちを見上げていた彼の横顔がひどく寂しげでみていられなかっただけだ。
「返せるものなんて」
何もいらないと続けようとしたが、そうしたときの彼の反応が手に取るようにわかってしまった。同情されたなんて聞かされたら、ますます彼は不快だろう。
私はふと、一ヶ月ほど前に深夜テレビで見た女子アナウンサーを思い出した。
美人で、頭が良くて、愛嬌もあって、自分の思い描いた理想どおりの道を歩み続ける彼女を。
その彼女に劣等感を感じた自分と、そして亡き父がどんな思いで私を見ていたのだろうという疑問。
それはただの思い付きだった。
このプライドの高い人が少しでも気を楽にして服を着替えてくれればいい、それだけだった。
「あなた、王子様なんでしょ」
「……今のところは」
「じゃあ、もしあなたが国に帰ることができたら、その時は王子様を助けたんだから、何か名誉になるものが欲しい」
王子は少し眉をあげた。
私は慌てて付け足した。別に私は権力やお金が欲しいわけじゃない。カガンの大臣をやらせろとかそんな突拍子もない事を言うつもりはないのだ。
「誤解しないで欲しいんだけど……権力やお金を要求したいんじゃないよ」
「あ、あの、ね。この年で恥ずかしいんだけど、私って今までずっと……努力ってしたことがないんだよね」
彼は何の話が始まるのかと少し不思議そうな表情を浮かべた。
私は両手を出して広げてみせた。なんとか自分の言いたい事を外国人である彼に平易な表現で伝えたい。だから身振りを交えて話した。