アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
朝のモーニングの時間帯に入ったお客が昼近くまでおしゃべりを楽しむ。
私の店はそういう店だ。
もっとお客の回転がよくなれば店は繁盛するに違いない、などと考えたことも一度や二度ではない。
しかし朝の常連客は固定されていて、新規のお客はめったにこの店には来ない。
うちは駅から近い立地だけれど、この昭和風の……よく言えばレトロな店の内装が若いお客を遠ざけている。
それに、駅の構内にあるセルフスタイルのコーヒーショップのほうが若いお客に好まれるというのもある。
あちらのコーヒーは一杯最低でも480円で、うちのコーヒーは380円。
そしてあちらはセルフスタイルだけれど、こちらは愛想こそないが、一応ウエイトレスがコーヒーを運んでくれる。
しかしお客はスタイリッシュで、電車の乗り換え時間でコーヒーが買えるあちらへ行ってしまう。
うちに来るお客といえば、朝は決まって同じ商店街の店主たち。
そして昼から三時くらいにかけては同じ町内にあるハザル=カガン公邸で働くカガン人が何人かで固まってやってくる。
カガン人の多くは立派な髭を蓄え、おしゃべり好き、日本ではいつも何人かの集団で行動する。
明らかに外国人とわかる彼らが薄暗い店内でさかんに外国語で喋っている様子を見ると、この店はカガン人専用の店のように見える。
カガン人のほうではそんなつもりはないのだけれど、この店をあまり知らない通りすがりのお客さんたちは、例えうちの店のドアに手をかけたとしても開けかけたドアを閉めてしまう。
そこで店に入りやすい雰囲気を作ってお客を引き止めるのが店主たる私の腕の見せ所なのだろう。
しかし、残念なことに私は口下手なため、逃げかけているお客を引き止めるだけの技量がない。
結局お客には「いらっしゃいませ」の一言さえ最後まで聞いてもらえないのだった。