アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
王子は20分ほどで浴室から出てきた。
たった20分の入浴でも彼は少し疲れてしまったみたいだ。
ようやくふらつきながら彼が椅子に座り込んだときはそれを見ていた私も彼も、二人で長いため息をついた。
そして、服を選んでいたときからそんな予感はしていたが、新しい服を着て現れた彼はモデルのようにすらりとしていて、彼の立っているその姿はファッション雑誌の1ページのようだった。
一枚2900円でライトグレイのハイゲージニットにデニムパンツ。もし裾が余れば私が裾をあげるつもりでいた。
しかしそんな心配は杞憂に終わった。
デニムパンツの裾を全く切らずに着こなせる、下手をしたら裾を切るどころか足りない人が世の中には実在するらしいという噂を聞いたことはあったが、実際にこの目でそんな場面を目撃したのは初めてだった。
「すごい、似合ってる」
思わず漏らした私の言葉を、彼は特に嬉しそうでもない様子で聞き流した。
このスタイルならばそんな言葉は耳にたこができるほど聞いてきたのかもしれない。
私の場合はただ身分だとか相手の気持ちだとかを考える前にただ驚きが口をついて出ただけのことなのだが、たぶん彼にとってはお世辞も本気の賛辞もあまり変わらない。
彼はまだ少し湿っているやや長めの金髪を耳にかけ、疲れた顔に品のよい微笑を浮かべた。
「ありがとう」
座っているだけで優美で気品のある姿だった。
私はしばしその姿に見とれ、そしてその姿と普通の人のどこが違うのか気がついた。
姿勢だ。
そして身のこなし。
それがこの人をいかにも上品に見せていたのだ。
なるほど。
一人で頷いていると、彼はゆっくりと目を閉じた。また熱が上がったのだ。目の周りが赤い。
私はそっと彼に毛布をかけ、脱衣所で王子の血まみれの服を回収し、スーパーの袋で何重にもくるんでゴミ袋に突っ込んだ。
病院にも行けないのなら、とにかく清潔にして休養をとるしかない。
この家で他国の王子が死んだりしたら、国際問題になるだろうか。私は何かの罪に問われるだろうか。そんな考えがちらと浮かんだが、私はその恐怖を自ら押さえ込んで冷蔵庫を開けた。
まだ起こってもいない事を憂(うれ)えても仕方がない。
何か食べるものを用意しておこう。食べやすいスープと、それからカガンティー。そうだ、それに解熱剤も。