アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「ごめんなさい。おなかがすいたでしょ」
店のエプロンのまま二階に上がると、王子は立ち上がって私を迎えた。
「いいえ、朝食をたっぷり頂いたし、カガンティーがあれば十分」
「そう?今日は店のランチなの。時間がなくって」
私は言い訳をしながら店から運んできた二人分のナポリタンをテーブルの上に置いた。もちろんこれだけで足りるとは思っていない。冷蔵庫からサラダと、そしてハーブ入りのパン粉をつけて焼いただけのチキンも出してきた。
「手伝います」
私のやり方を早くも飲み込んだ彼は絶妙なタイミングで狭いキッチンに入り、グラスにお茶を注いだ。
おそらく彼の国では食事にお茶を合わせる習慣などないだろうが、彼は私のやり方にあわせていた。
「調子はどう?熱は」
「もう大丈夫。ありがとう」
大丈夫であろうがなかろうが彼はそう言う。私はため息をついて彼の額に手を当てた。
まだ少し熱いけれど驚くほどの発熱はない。若い上に体力もあるのが良かったようだ。
彼はさりげなく身を引いて私の手を額からはずした。そしてナポリタンを見つけて眉をあげた。
「ああ、ケチャップのパスタ。大学のレストランで見たものと同じだ」
学食のことか。私は自身が通っていた大学を思い出して微笑んだ。
「ナポリタンって言うんだよ。食べたことはないの」
彼は頷いた。
「僕は学生の使うレストランは使わない。大学職員や教授の使うレストランで持参の食事を食べる」
「へえ……」
大学にはそんな施設もあるのか。
自分が学生だった当時は疑問に思うこともなかったが、そういえば私の通っていた大学でも教授が食事をしているところは見た事がなかった。
「日本の食事は内緒で食べたトーストが初めてだ」
「あ、うちの店の?」
王子が初めて店にやってきた日を思い出した。
「ええ」
「そうなんだ……」