アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)


「衛生面はともかく……人間とサルが同じ湯に浸かる光景は童話の世界みたいだ」

「童話って言うけど、サルも結構獰猛らしいよ。人間の食べ物を狙って襲い掛かってくることもあるらしいから」

「それは怖いね」


彼は常に拳銃を携帯している余裕からか、少しも怖くなさそうにそう答えた。

全然怖がってなんかいないくせに。と言おうかと思ったが、彼の拳銃所持に気付いていることを知られるのはどうかと思い、口をつぐんだ。

拳銃という武器の存在を彼は言わないし、私にも悟らせないようにしている。だから私はこのことに気付いているということを顔にも態度にも出さないほうがいい。
それは彼がここに来たその日からずっと守ってきたことなのに、どういうわけかそれが口をついて出そうになった。

緊張感が薄れてきたのか。
いや、それだけじゃない。

わずかな変化だから意識しないときがつかなかったことだけれど、彼の雰囲気が少しずつ変わってきている。
彼はこの家に来た初日よりもずっとくだけた態度で私に接している。

私はちょっと顔を上げ、彼の顔を見つめた。王子がわざと雑談を私に振ったことに気がついたからだ。

彼はサルや温泉に興味があったのではない。どことなくギクシャクとした私との関係を改善しようとしているのだ。やはり、私が彼を心の隅(すみ)で迷惑だと思っていることを感じ取っているのかもしれない。

自分よりもかなり年下で、しかも頼る相手もいない怪我人にそんな気を使わせてしまうなんて。
罪悪感に心がちくりと痛んだ。

その時、突然テレビの音声が乱れた。
続いてニュースを収録しているスタジオにスタッフらしきジャンパー姿の男性が駆け込んできて、一枚の紙をキャスターに手渡した。
それを受け取ったキャスターはその文面にさっと目を通すと、いままで笑顔だった表情を引き締めた。

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