アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

そう直感した私は彼の手から咄嗟にカップを取った。

彼は口元を押さえ、背中を丸めた。




彼のそんな姿を見た瞬間、私は父を失ったあの夏の日の自分を思い出した。


彼の表情、黙りこくって自分の中で荒れ狂う感情をぐっと押さえ込んでいるその態度。それらがあの夏の私と重なった。

王子は近づこうとする私を手で制し、トイレに駆け込んだ。
トイレから苦しげなうめき声が聞こえた。吐き気が来ているのに胃の中に吐く物がないから余計に苦しいのだ。



ストレスだ……。

この状況でストレスを感じないわけがない。
私は紅茶の入ったカップを持ったままその場に立ち尽くした。


私が父の死を受け入れ、素直に父の冥福を祈り、在りし日の父を感謝の気持ちで思い返す事ができるようになったのはいつのことだっただろうか。
脳梗塞で死んだ父は病死だが、彼の両親は突然汚名を着せられて殺された。

親の病死に対してさえ子というものは突然親を奪われた怒りや後悔を抱えて苦しんだのだ。彼の背負う気持ちの苦しさ激しさは私の比ではないだろう。

今彼の心中を荒れ狂っている気持ち、割り切れなさ、後悔、憎しみ、怒り、悲しみ……。それらを彼はじっと胸のうちに抱えて耐えている。涙の一滴も人に見せることなく……。

私は彼にかけてあげる言葉がないまま、トイレの傍にいた。
吐き気がおさまったらしい王子がトイレのドアをあけた。

彼は私がそこにいることに、少し驚いたようだった。
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